中尾家絵図

7代目甚六の時の小川島捕鯨を描写した、天保11年(1840年)豊秋享里遊著の「小川島鯨鯢合戦」で「・・・入海の奥を方四町に石垣を高く築出し新屋敷を号して倉を数拾軒建て並べ・・・」とあり、このあたり一帯に及んでいたと思われます。(呼子町教育委員会資料より)

この絵図の中心部の建物がほぼそのままの形で今も残っている。

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